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京の小径


12月


朱雀門   芥川龍之介 『芋粥』 『六の宮の姫君』
 朱雀門から羅城門まで、平安京を二分して朱雀大路が走っていた。「芋粥」好きな五位は《寒そうな赤鼻と、形ばかりの口髭とを朱雀大路の衢風に吹かせていた》。
「六の宮の姫君」を尋ね来て《朱雀門の前にある西の曲殿の軒下に立ち、雨止みを待ちわびていた》男もいた。……空海が筆をふるった「朱雀門」の額をかかげた堂々たる丹塗りの門が区切った空に、しかし、雨は寂しい音を立て続けたという。美しさを誇った門も大内裏の荒廃につれてさびれてしまい、盗人や乞食のすみ家となったとか。六の宮の姫君もまた、朱雀門の曲殿の中で幸薄い生涯を終えたのである。
 朱雀門跡をたずねてみる。ただ碑が一本。姫君のうつろな心、芥川の暗然とした思いが交錯する。
 都大路に吹く風はなぜか冷たい風ばかり。
朱雀門址


大徳寺正受院   『続近世畸人伝』
大徳寺正受院
“里村紹巴、はやく志ありて、必ず名を天下になさんといへり。王侯士庶みな師とあふぐからに、其名天下にあまねし。豊太閤の時に至りて、しばしば眷をかふむり、其名ますます高し。慶長五年逝せらる。大徳寺中、正受院に墓あり”
 大徳寺伽藍は南から北へ一直線に、勅使門・三門・仏殿・法堂と並び、豪壮でしかも整然として美しい。千利休ゆかりの三門。その西側に正受院はある。正受院裏の、竹林に囲まれた墓地の中ほどが里村家の墓所。紹巴の五輪の塔も含めて、いずれの墓碑銘もほとんど読めなくなっている。
 光秀との“時は今…”の愛宕百韻や、秀吉との“鬼百合咲きて首ぐなり”の説話を残し、近世という時代を生きた連歌師紹巴は、今頃、竹林をそよがす風を相手に、付け合いをしているかもしれない。


知恩院 (除夜の鐘)  『徒然草』 三十九段 
 南座に顔見せの招きがあがると、京に冬がやってくる。祇園の事始め・義士討入記念祭・終い弘法・終い天神・角屋の餅つき・知恩院の御身拭式と、師走の街に京の歳時記をくりひろげ、八坂神社のおけら参り・各寺院の除夜の鐘で今年もしめくくり。
《往生は一定と思へば一定、不定と思へば不定なり》と、宗教の真髄をとらえ、兼好法師に“尊し”とあがめられた法然上人のお寺が知恩院。「鶯張り」の廊下と甚五郎の「忘れ傘」で有名だが、ここの「除夜の鐘」も毎年紹介されて、「おけら参り」とともに、今では京の除夜の表看板となっている。
 十数人の僧が力一杯綱をひいてつき鳴らす鐘の音は、寒気で硬直した身体を振動させて、胸の奥に巣食っていた煩悩を追い払ってくれたようだ。
《できると思えばできる、できないと思うからできない》−−来年は法然流に生きてみよう、などと悟った気持ちにもなる。
 東山のほうから、新しい年は明けようとしている。
知恩院


忠盛灯籠 (八坂神社)  『平家物語』 殿上闇討
忠盛灯籠
 
 平忠盛は、《鳥羽院の御願、得長寿院を造進し……上皇御感のあまりに内の昇殿をゆるさる》知勇をもって知られた武将だった。
 ある雨の夜、白河法皇は祇園女御に会うために八坂神社にさしかかったところ、堂の前に鬼らしいものが見えたので、供の忠盛に討ち取れと仰せになり、生け捕りにして見ると、八坂の社僧が油壺と松明を持ち、灯籠に火を入れようとして、雨を防ぐ蓑が灯の光を受けて銀の針のように見えたのであった。忠盛の豪胆・沈着に人々は感嘆したと、駒札に書いてある。拝殿東側の植え込みの中に、玉垣と柊に囲まれたこの忠盛灯籠は、その時のものだという。
 この一年、心残りもいっぱいあるけれど、だからこそ次の年が待っていると、きぜわしさをよそに、枯葉と戯れて日曜日の午後。あと数日で大晦日。社殿前ではおけら火がたかれる。おけら火を受けて、忠盛灯籠はどんな秘め事を語りかけてくれるだろうか。古都にゆかしい越年迎春である。新しい年も良い年でありますように。


六角堂    井原西鶴 『西鶴織留』
 七九四年、平安京遷都。以来、千二百余年の歳月が流れたが、往時のままの位置に残っている数少ないものの一つが“へそ石”。六角形のお堂で名高い頂法寺の本堂古跡で、京都の中心石と伝わっている。石にまつわる話題や遺跡は多いものの、「ここが平安京の真ん中だった」という由来はひときわ光っている。
 「六角は京の最中やほととぎす」    盈斧
 その昔、六角堂は聖徳太子によって建立された。代々の住職は太子ゆかりの池のほとりに坊を営み、朝夕仏前に花を供えたので、生け花発祥の地といわれるようになった。“利発、万事を人の跡につくことあらず……立花は池坊に相生まで習ひ”と、音曲・連歌・俳諧・茶の湯などすべてに精通した男の話が『西鶴織留』にあるが、以来、池坊華道として現在に受け継がれている。
 オフィス街の狭い空間。鳩に糞を落とされ、線香の煙にむせてへそ石の一日は終わる。昨日も今日も明日も同じこと。時は悠久に過ぎゆく。
六角堂


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