ようこそ、ゲストさん
会社案内 刊行書籍案内 題作くん 国語リンク お問い合わせ 京都案内 ご注文 ユーザー登録 ログイン
1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月 


京の小径


1月


蓮華王院 (三十三間堂)  後白河法皇 『梁塵秘抄』
“万の仏の願よりも千手の誓ひぞ頼もしき……”と後白河法皇様はよくお謡いになりました。法皇様の御信仰はそれはそれは大変なもので、十一面千手千眼観世音菩薩様一千一体というこの蓮華王院を御造営になったのでございます。
 そうそう蓮華王院と申しますより三十三間堂と申し上げたほうがよろしいでしょう。三十三という数は、柱間の数が33ある長大なお堂というわけでございますが、観音様は姿を33種に変えてでも衆生をお救い下さるというありがたい意味があるのでございます。“観音誓ひし広ければ………三十三身に現じてぞ…”と法皇様もよくお謡いでございました。ほんに今様もたいそう御熱心で、法住寺御所では夜もすがら今様の会が催されておりました。
 今では御所もなくなりまして、私はと申しますと、沢山の方をお堂へお迎えし、移りゆく時を眺めているのでございます。
 老いの身にふっと法皇様のおうたを思い出すのでございますよ。
蓮華王院(三十三間堂)


染殿地蔵尊 (染殿院)  『大鏡』
染殿地蔵尊
 藤原明子は文徳天皇の女御となったが、父も娘も何にもまして皇子誕生を望んだ。さっそく四条の地蔵尊に願を掛け、その甲斐あって男子誕生。“清和天皇御母皇太后宮明子と申しき。良房の大臣の御女なり。御母二十三にてこのみかどをうみたてまつり給へり。染殿の后と申す。”一方、父良房は、“藤氏のはじめて太政大臣・摂政し給ふ。めでたき御ありさまなり。”との繁栄ぶり。そしてこのありがたいお地蔵様は染殿后の縁で染殿地蔵と呼ばれるようになったという。
 年ごとに移り変わるは人の心と街の姿とか。新京極も競って装いを凝らしているが、その中で染殿地蔵のまわりだけはいつ行っても変わりなく、新京極通りの店と店の間の狭い路地奥に、「安産祈願染殿地蔵尊」の碑と、子供の名を描いた沢山の提灯に飾られた古い地蔵堂が見える。その変わらぬ風情に気持ちも和み、又、人波の中に紛れ込んで行く。

東寺  空海 『性霊集』
 大寒の京の町を凍った空気がはりつめて、身を刺す。澄み切った青空に、弓なりに張る五層の屋根を持った東寺の塔がそびえている。
 平安京遷都後、東西両寺の建設が始められ、弘仁十四年(八二三)には嵯峨天皇から空海が賜り、教王護国寺と改め、真言密教の根本道場とした。その後、天長三年(八二六)、《右、東寺の別当沙門少僧都空海等奏す》で始まる「東寺の塔を造り奉る材木を曳き運ぶ勧進の表」によると、京の南口のシンボル東寺の塔の由来が窺える。
 “空”と“海”−−大自然の壮大な姿。それが一つになったところに、宗教家空海の無限の心を感じることができよう。弘法大師の号を贈られ、“弘法様”“お大師様”と慕われて、今年で1170年あまり。
 命日の二十一日を御影供と呼び法要が行われるが、境内を埋める露店が呼び物。とりわけたくさんの人がつどう初弘法は一月二十一日。
東寺 五重塔


石清水八幡宮  『徒然草』 五十二段
   
石清水八幡宮
 
 東山・北山・西山と親しみ呼ばれた山々で囲まれた京都盆地も南側は開けていて、そこから春を呼び込もうと、石清水八幡宮へ初詣する人が多い。又、年頭に高い所へ上るとよいということもあって、男山の山上にあるこの八幡様はその点でも人が多い。
 昔、仁和寺に住む法師が《年寄るまで石清水を拝まざりければ心うく覚えて、……まうでけり》
 八幡宮の麓にあった寺々を拝んで、念願の八幡詣を遂げたと思い、《そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん》ということになったとか。今は、徒然草という“先達”のおかげで、正月早々の失敗もなく無事八幡初詣を果たす次第である。
 秋の華やかな色彩に遊んだのがちょっとこの前。今度は新春という行事に何となく心が浮き立つ。しかし、やがて到来するモノクロの季節はその心さえ閉じ込めてしまうが……。通りすぎるのをじっと待って、次は八幡様の南の祭にこよう。放生会だ。きっと御利益がある。

赤山禅院  司馬遼太郎 『街道をゆく』
  「セキザン」という不思議な漢音の名称を持つ「赤山禅院」は、慈覚大師の遺命によって創建された延暦寺の別院である。まつる赤山明神は、中国赤山にある泰山府君を勧請したもので、天台の守護神であるという。
 「泰山府君」はじつは延命富貴の道教の神。「寿命をつかさどるというおそろしい権能をもった泰山府君が、叡山西麓の赤山にまで飛んできて、まことにおだやかにくらしておられるというのは、めでたいこと」と司馬さん。
 ここは京都の鬼門。まします赤山明神は守護神である。よって、今年もその延命富貴の絶大なる威力を、浮揚しきれぬ日本の経済の上にあまねく賜りたいと願わずにはいられない。
 日本天台の祖、最澄は「我が立つ杣に冥加あらせ給へ」と祈った。今必要なのは、最澄のこのはげしい慈悲の意志ではないか。
 厳冬の比叡おろしに山頂を仰げば、柔和にして高潔な最澄の相貌が慕わしく思われてくる。
赤山禅院




 Copyright(c) 2004 Kyoto Shobo co., ltd. All Rights Reserved.